「おもしろい本」が見つかる「読書法」 【第1回】
ちまたにはさまざまなブックレビューがあふれています。
そんななか存在する「作家が書いた書評集」。
プロフェッショナルが語る「本音」が読める貴重なものです。
心の奥に響く本音のレビューを読む「たのしみ」。
また、そこで取り上げられた本自体の「おもしろさ」。
それらには格別な味わいがあると感じています。
〈目次〉
作家の書いた傑作「書評集」を読もう!
『土曜日は灰色の馬』(恩田 陸著 ちくま文庫)
依然として「本のチカラ」は大きい 「1冊の本」から得られること
インターネットが隆盛の現代社会においてもなお、「1冊の本」から得られることには、質・量ともに大きなものがあると思われます。
たとえば、昔からよく聞く話に、「大きな会社のトップになるほどたいへんな読書家で、年に数十冊もの本を読んでいる社長も多い」というのがあります。
これは日本に限らないことで、IT事業で世界的革命を起こし、巨額の富を築いたビル・ゲイツやイーロン・マスクも「超」がつくほどの読書家として有名です。
現代社会は、インターネットの普及により、だれもが手軽にスマホやパソコンで検索すれば、さまざま情報を簡単に、瞬時に知ることができます。
「まだインターネットがなかった頃は、こんな調べ物はどうしていたのだろう?」と思うくらいに、今では知りたいこと、わからないことがあると、すぐにインターネットで調べるのがあたり前のこととなりました。
しかし、インターネットで得られる情報は、「1冊の本」に詰まった情報のたしかさ、大きさ、深さには到底かなわないという側面があります。
お金を払って買う(有料で書店に並ぶ)本にはやはりそれなりの「たしかな価値」というものがあるのです。
ということで2022年末には、ずばり、先に挙げたふたりにアマゾンのCEO ジェフ・ベゾスを加えた3人の『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』 (日経BP )なんていう、贅沢というか、なんともすごい本も出版されました。
この大御所3人が取り上げる本のジャンルは、経営、リーダー論から、経済学、科学、歴史、国家論、生き方、小説、ノンフィクションなどに至るまで多岐に渡っています。
彼らは子供時から大の読書家だったとのことです。しかも、その後も起業してから現在至るまでの間、さまざまな分野の本をむさぼるように読むことで、事業のアイデアの源泉としたり、今でも本からさまざまな分野の先端の知識や情報をインプットしているのです。
現代のIT業界の寵児である彼ら3人ともが「たいへんな読書家」であるという、なにかパラドックス的ともいえるこの逸話は、現代でもすぐれた本に学ぶことが大きく人を成長させる象徴的なケースとしてみることができるでしょう。
プロフェッショナルの「眼力」は、はるかに高い「境地」を識る
話は本から離れますが、現在、野球評論家をしている落合博満という人がいます。彼は打者として日本のプロ野球史上唯一の3度の「三冠王」になっています。
それだけではなく、落合は現役引退後には監督として後進の選手を指導にあたり、それなりの成績も残しています。
打者としていわば前人未踏の頂点を3度も極めた落合が、いま現在、評論家としてプロ野球界の選手に向ける目。その審美眼には非凡なものがあります。
2018年5月、落合が日本のプロ野球チーム「日本ハムファイターズ」から大リーグの野球チーム「エンゼルス」に移籍したばかりの大谷翔平に関して、
「エンゼルスにはプホルスっていう3,000本打つバッターがいる。彼、DHなのよ。このDHをわざわざ守らせてまででも大谷を欲しいと言った時点で、大谷の存在は我々が考えている以上に米国では大成功」
「日本で二刀流がいいとか悪いじゃなくて、もう米国でも認めたの。こんな強いものはない。最初からこれは成功なの」
と、大方の予想をはるかに上回る大谷翔平の今日までの大活躍をまるで見据えたかのように、この時点で大谷にすでに高い評価を与えているのです。
落合にこうした先見の明があったからこそ、現在も彼の野球評論が注目を浴びていて、テレビ局のスポーツニュース番組などの解説者、コメンテイターとして引っ張りだこになっているのだと思われます。(これとは対照的に、同じく元プロ野球選野球評論家の張本勲には、過去に、大谷翔平の「二刀流」に関しても、「大リーグ行き」に関しても否定的な発言がみられました)
プロフェッショナルの秀でた「眼力」。これはもちろん、野球界における落合満博の例だけではありませんね。
NHKのテレビ番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』ではありませんが、たとえば、あなたが思いつくままに、各界、あるいは自分の関心のあるジャンルにおける「プロフェッショナル」な人のことを思い浮かべるとしましょう。
そんな時、おそらくあなたはきっと、その人の秀でた手腕の秘訣を、彼の本心や関心事を知りたいと思うのではないでしょうか。そしてそれらを自分に取り入れてみたり、参考にしたいと思うことでしょう。
また、プロフェッショナルな人物に関して、たとえばこんなふうに思うことはないでしょうか。ちょっと例を挙げてみます。
〇ビートルズのジョン・レノンがリスペクトしていたミュージシャンや楽曲って、どんな人、どんな曲があっただろう?
〇大リーガー・大谷翔平の目にいま目標として見えている野球の先人はいるのだろうか? いるとしたらそれは誰なのだろう?
〇将棋の藤井聡太五段が目指す棋士とは? 将来のライバルは、もしや人間を超えた「AI棋士」か?
スポーツ、音楽、料理などなど、ジャンルはなんであれ、専門家としてその道を究めたプロフェッショナルには、なにがどのように見えているのか。
経験の深さと高いスキル、そして鋭い審美眼。そこから生まれる理論は、凡人にはなかなかたどり着けない「境地」に達するような興味深いものとなるに違いありません。
作家が書いた「本についての本」を読むという読書の「愉しみ」
先に述べたビル・ゲイツ、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾスら3人の巨匠がどんな本を読んできたのかを知り、それらをむさぼり読んでみるのもいいでしょう。
“元祖文春砲”とでもいうか、『文藝春秋』に掲載した記事がきっかけとなって元内閣総理大臣の田中角栄を逮捕に追い込んだと言われ、また「知の巨人」とも呼ばれた伝説のルポライター・立花隆(故人)。その著書『ぼくはこんな本を読んできた 立花式読書論、読書術、書斎論 』(文春文庫)には、立花が自身の「血肉」となったものとして、たくさんの本を紹介しています。これらの本を片っ端から読んでみるのもまたいいことでしょう。
それらとすこし意味合いは違いますが、「高校生の時に読むべき〇冊」とか「二十歳になったら読むべき〇冊」など、読書週間などに、いわゆる「良書」がリストアップされたものもなどもよく見ます。
しかし、このようにして挙げられた本をなかば学問するように、学習するかのように読むこととは別に、もうすこし純粋に「読書」を楽しむとしたら、まず読んでみるといいと僕が思う「特殊な本」があります。
それが小説家が書いた「本についての本」。つまり、「小説家が書いた書評集」なのです。
そこには先に書いたように、その道を究めた「プロフェッショナル」な人の視点から見た本に対する評論、評価」がぎっしりと詰まっています。
作家が書いた書評集を読むことをすすめるのは、それらを読むことによって、「本のプロフェッショナル」による究極の「本の評価」や「本の読み方」、そして「本の楽しみ方」を知ることができるからなのです。
新聞や雑誌に載るような書評や紹介文とはひと味もふた味も違う、作家が本音で語る本に対する評価、評論に出会うことができます。プロフェッショナルならではの「すごみ」にあふれた「判定(ジャッジ)」と言えるでしょう。
そんな貴重な「本音」に触れ、その本質を知り、味わうこと。
まさにこれこそが作家が書く「本についての本」を読むという愉しみ、醍醐味にほかならないと思うのです。
そしてまた、その本に対する作家の評価と、自分の評価とを比べることで、自分がその本のエッセンスをどこまで深く、どれほどしっかり読み込めているかを知る、ひとつのバロメーターにもなりうると言えます。
恩田陸が書いた “痛快“ な書評集『土曜日は灰色の馬』
作家が書いたすばらしい書評集はたくさんありますが、今回、僕がここでまず最初に取り上げたい本は恩田陸の『土曜日は灰色の馬』(ちくま文庫)です。
本書は2006年から2010年にかけて作者の恩田陸が晶文社のホームぺージに掲載したエッセイを主体に、そこに書籍の解説などを集めて編纂された書評集。
恩田陸といえば1992年に『六番目の小夜子』で作家デビューすると、SF、ミステリー、青春小説など、幅広いジャンルの作品を次々と執筆。2004年には、80キロを夜通し歩く高校生活最後の行事「歩行祭」を舞台に青春群像を描いた『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を受賞しています。
2006年、17名もの死者を出した不可解な大量毒殺事件の真相が次第に明らかになっていくという小説『ユージニア』で日本推理作家協会賞を受賞。2016年には国際ピアノコンクールに挑む4人の若者の姿を描いた小説『蜜蜂と遠雷』で、直木賞と本屋大賞を受賞。本書は2019年に女優の松岡茉優を主演として映画化もされています。
恩田陸は、読む者をどこか郷愁に誘うような美しい、そしてせつなくさせるような情景描写を得意としていて、そのため「ノスタルジアの魔術師」とも称されています。
また、幼いころから読書好きで、現在も「年間300冊読む」というとてつもない読書家であることに驚かされます。
彼女が書いたこの書評集は、根っから本を愛し、「ものがたり」に造詣の深い作家である彼女ならではの、取り上げる本への心からの賞賛があり、あるいは時に忌憚のない辛辣な評価があり、毒気もあり、SF作品も手がける作家ならではの空想、ファンタジーなど、さまざまな要素を巧みに織り交ぜながら丹念に綴られています。
まさに、現代を代表するエンターテインメント作家らしい、読む者を引きずり込むようなその文章、描写力に、「書評集」ということも忘れて、小説さながら思わず引きずり込まれてしまう魅力、いや「魔力」と言えるようなものさえ感じさせます。
そんな彼女の『土曜日は灰色の馬』という書評集が持つ最大の魅力。それは、俎上に載せる本がたとえ大作家の筆による著名なものであろうが、まったく遠慮することなく自身の感想を自由に述べ、彼女ならではの「スパっ」と切れのいい評価、判定(ジャッジ)をしっかりと下しているところなのです。
では、次回は恩田陸の『土曜日は灰色の馬』のその中身、おもしろさや魅力について詳しく紹介、解説していくことにします。お楽しみに!
2019年に公開された恩田陸原作の映画『蜜蜂と遠雷』予告編動画